2015.10.30
「初秋の背中」
あしたから芸大祭です。
準備に大わらわでした。間に合ってよかった。
○喫茶展(大学会館)
○アキ缶展(中央棟3階L9教室)
○魔法使いの街展(同L8教室)
○漫芯展(図書館前スペース)
に作品を展示しております。
また、芸大の漫研・漫芯創意の芸祭号に漫画を寄稿しました。
ポストカードも描き下ろして販売しております。
盛りだくさんの芸祭です。 遊びにいらしてください。
そして。
サイトに夏以降に描いた油絵を掲載しました。
上の作品もその一つです。
横たわるワンピースの女子と、装いはじめた山です。
これを描いたのは9月ごろで、だいぶ朝晩の空気が冷たくなってきたころでした。
友人のお兄様の「秋の背中が見えてきた」というツイートが着想元でした。
緑のワンピースを着て、一生懸命セルフタイマーで自撮りをしたのはいい思い出です。
2015.10.26
セーラーさん
オールデジタルで人物描くのに慣れようといちからSAIで描いてみました。
好きな作家さんっぽい描き方をするつもりだったのにおもいっきり自分の絵柄に落ち着きました。これでいいのだ…
2015.10.18
「うれしくって抱きあうよ」
同名のYUKIの曲からイメージして描きました。
ずっと前から好きだったのですが友人に借りて最近聴き返したらまた良さに惚れ込みました。
アルバム自体が幸せに満ち溢れている感じ。すばらしい。
この曲の歌詞を意識するとすべて愛の営みを連想させるものだということに気付きますが、
いやらしさなど一切なく、ただ喜びしかなくて
どこまでも広い大きな宇宙のような懐に抱かれている心地になります。
この絵はというと今朝撮影した自室の窓辺の写真に基づいています。
めずらしく朝寝をせず起きられた気持ちのよい日曜の朝です。
歌詞には夜が出てきますが、朝も似合うと思いましたので。
2015.10.05
きのうのらくがき
ですが、メモしておきたいことがあったので。メモなので長いです。
きょうはボロ泣きしました。
絵を描き始める前に、教授陣に方向性を示しアドバイスを頂くチュートリアル。
教授陣にいじめられたとかいうわけでは全くなく、ただ自分で崩壊しただけです。
夏の初めに、美術講習会に学生講師として参加し、その打ち上げで美術の先生とお話する機会がありました。
作品をスマホの小さな画面でご覧いただいたところ、「面白みがないね」とその方は仰いました。「風景に感情を乗せる?写真を写しただけじゃないか、形を変えないことには感情なんて乗らないし伝わらないよ」と。
ショックを受け、なおも反駁しようとしましたが、打ち上げはそのままお開きになり、詳しくお話を聞くこともかないませんでした。
そこで、古くから信頼を寄せる先生にもお話を頂きましたが、やはりその方も「写真に頼りすぎている。それは甘えだ。よくない」とのご意見でした。
写真を使うことはわるいことだろうか。甘えなのだろうか。
考えに考え上げて、感情を乗せた風景を描いてきました。
今まで死守してきた小さな誇りを見失いかけました。
この夏はひどく苦しかったです。無理に変わらなきゃと思い、焦りに追いやられ描こうとしてもやっぱり筆は進まなくて、きちんと完成したのは1枚だけでした。
そして後期がはじまり、一発目のチュートリアルでそのことをお話ししました。
教授陣に説明しているだけでも苦しくて涙が出ていました。
話を聞くなり教授は苦い顔で笑いました。
その先生方の言ったことは、高校や予備校によくある観念で、まったく気にする必要はない、受け流していいと
言ってはわるいがその観念は見当ちがいなものだと
写真を撮り、膨大な中から絵にするものを選び出すそこから、オリジナリティはすでにあり
あなたというフィルターを通して描かれたものは、写真そのものにはない面白味にあふれている
そのやりかたはとてもあなたに合っていると感じる、良さが滲み出ている、何も心配せずにそのまま進んでほしい
手が止まらずに楽しく描けることが何より大事だから、いろいろなひとがいろいろなことを言うだろうけど、受け流してもいい
お話頂いたことのすべてが肯定の言葉で、自分の強みがわからなくなって自信を失ったわたしには骨身まで沁みるものでした。
よくある観念の問題だとしても、悩んでいた本人は相当深刻になっていました。傍から見ればきっとあほらしい。
おかげで霧が晴れた心地がして、描く元気が出ました。
これからは、何を言われても、自分が何をよしとし何を許さないのかをはっきりと持ちたいです。
自分に自信が持てるように、道に迷わないように、楽しんで制作していきたいです。